大阪地方裁判所 昭和25年(行)14号 判決
原告 杉谷繁義
被告 守口市警察署長
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
第一、原告の主張
一、請求の趣旨
被告が昭和二十五年三月十五日守口市警察基本規程第九十条に基いて原告に対してなした懲戒免職処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、請求の原因
(一) 原告は次のような経過で請求の趣旨記載の懲戒免職処分を受けた。
1 原告は昭和二十二年十二月二十一日守口警察署(以下守口署と称する)警部補として採用せられ、爾来同署公安課長を経て昭和二十五年二月一日より同署防犯課長として勤務していた。
2 被告は同年三月一日原告を被申立人として守口市警察署懲戒委員会(以下単に懲戒委員会と称する)に懲戒処分の申立をした。その申立事実は、
(1) 原告は守口署公安課長として勤務中、昭和二十四年八月二十五日頃同署公安課室において職務上知合つた愛知県宝飯郡蒲郡町大字小江古沢はるゑ当三十八年より同人が所有権を有している守口市河原町七番地木造瓦葺二階建居宅一戸の売却斡旋の依頼を受け、この家屋を昭和二十四年九月二十六日頃守口市河原町七番地洲脇敏夫に金十四万七千円で売却し該金員の中金十一万円を売却代金として古沢はるゑに手渡し、七千円を手数料として元同家居住者池戸正治郎及び小山茂一に手渡し、残額金三万円を領得したもの。
(2) 原告は守口署公安課長として勤務中、昭和二十四年十一月二十二日午後八時頃より翌二十三日午前一時頃に至る間、家屋立退問題で取扱中の守口市小春町五百三十七番地村田衛伊子当三十七年方で、且たまたま同人が同日多額の盗難に会つたのを知りながら、四五名の部外者と共に会合飲酒して大騒ぎをしていたもの。
というにあつて、以上二つの申立事実は警察職員特に上級幹部として警察規律を紊り著しく警察の威信乃至信頼感を失墜したものであつて懲戒処分を相当と認めるものであるというのである。
3 原告は昭和二十五年三月十五日懲戒委員会の審理で被告及び同委員会に対し理由を挙げて原告の行為は警察規律を紊したものでないと主張したが、同委員会は同日前記被告の申立事実を認定して原告に規律違反があり懲戒免職を相当と認めると決定し、被告に対して原告に対する懲戒免職処分を勧告したので、被告は同日原告に対し原告の前記行為は勤務規律を紊り守口市警察基本規程(以下単に基本規程と称する)第八十九条に該当しその情状最も重きものであると認定して懲戒免職処分をした。
(二) 右懲戒免職処分は次のような理由で違法であるからその取消を求める。
1 原告の行為は規律違反の行為ではなく、少くとも懲戒免職を必要とする程度の規律違反の行為ではない。
(1) 懲戒申立事実(1)について
原告が守口署公安課長として勤務中、昭和二十四年八月頃その所管事務である家出人保護願を愛知県宝飯郡蒲郡町浜某より受け、調査の結果家出人古沢はるゑが守口市河原原町七番地に居住していることが判明したので、同人に出頭を求め帰郷をすゝめたところ、古沢は一旦拒んだが、二三日後話合のため一応帰郷した上結局元の内縁の夫広浜の許に落着くことになつた。その後約一ケ月を経た土曜日に広浜が古沢と共に守口署に訪ねてきたので、午後退庁後河原町七番地の家屋で預つていた株券、家屋売買証書等を返還したが、その際古沢が右家屋を七、八万円で売却したいと思つていると語つたので、原告はそれ程安く売らなくても一週間も経てば買つた値段の十四万円位で売れると話したところ、広浜、古沢両名からそれではついでに売つてもらいたいという依頼を受けたので、原告は親切心からこれを承諾した。その翌日日曜日原告は海水浴に行く途中広浜及び古沢と大阪駅まで同行したが、その際古沢は近所の大西某には家屋買入の際世話になつているからできれば同人の知人に売つてもらいたい、また自分は十万円手に入ればよいから残りは適当に処分してもらいたいと言つていた。そこで原告は古沢の意向もあり右家屋を大西の知人に売る考えで不動産仲介業者等は入れないつもりでいたので、売らせてくれと言つてきた者も断つたこともあつたが、大西は結局不動産仲介業の京阪住宅相談部の下田某に家屋を売ることを頼み、原告は下田が仲介業者であることは知らずに家屋を売渡す契約をして代金支払の日を定め手附金を受取つた。ところが下田は期日に代金を支払わず代金支払期日を延期してもなお支払わないので、原告は契約を解除すると言つた。そこで下田は更に小山某に依頼して下田が売渡の話をしていた洲脇敏夫に売つてくれと原告に言つてきたので、原告は一ケ月半も遅延した損害金の意味で代金に七千円を加え洲脇と直接取引するのであれば売つてもよいと言つたところ、小山も承諾したので、原告は洲脇に右家屋を十四万七千円で売渡し代金は洲脇から直接受取つた。原告は右代金受領後小山に謝礼として二千円及び五百円相当の煙草を渡し、右家屋の元の所有者池戸直次郎に登記その他の世話料として五千円を支払つた。そして古沢の名で一万円を守口市警察署後援会に寄附し、その受取書と十万円を愛知県の古沢の宅まで持参して同人に渡し、残金二万九千五百円を右家屋の売買斡旋の報酬として受取つた。結局買主洲脇は右家屋で薬局を営み繁盛を極めて非常に喜んでおり、売主古沢も売買困難な事情にあつたのに投売もしないで済み警察にも充分の謝礼ができ代金も無事愛知県の宅まで届けてもらつて非常に喜んでいる。
右原告の行為は警察の責務活動の範囲外であつて、原告が家屋の売却について依頼を受けたのは職務としてではなく個人としてであり、家屋売却代金の残額約三万円は古沢より報酬として受領したものであるが、これも個人としてであり職務に関してではない。なおその間職権を濫用していない。
(2) 懲戒申立事実(2)について
原告は公安課長として勤務中、昭和二十四年二月末頃から同年五月頃まで二三回にわたり村田衛伊子からその居住している家屋の所有者山手某が名誉を毀損するような言動或いは家屋侵入脅迫等の行為をして不法に立退を強要するのでこれを中止させてもらいたいと警察に依頼があつたので、同年五月頃山手を呼出し、犯罪予防の立場より住居侵入又は名誉毀損にならないよう明渡を求めるのならば正規の手続でするように警告したことがあり、原告はこの問題ではじめて村田を知つたのであるが、その後はこの件について依頼を受けたり処置をしたことはない。従つて原告が昭和二十四年十一月二十二日村田方で会合飲酒したのは家屋立退問題取扱中ではない。また同日村田は多額の盗難に遇い原告はそのことを知つていたが、右会合はその十日程前に布忍町警察署大淵部長守口署石田部長等と約束していた個人的会合であつて、当日盗難のため会合を中止しようとしたものであるが、気晴しにやつてくれと無理に強いられて飲酒したものである。なお右会合飲酒は同日午後八時より同十一時頃までであり、また大騒ぎをしたことはない。
(3) 被告は原告の行為は基本規程第七十七条第十七号「署長の承認がなければ職務に関して贈物謝礼其の他の報酬を受けてはならない。」及び同条第二十号「勤務に支障を及ぼし又は品位を失うに至るまで酒類を用いてはならない。」に該当するもので両規程に違反するものであるから、同規程第八十九条「警察職員が左の各号の一に該当するときはこれを規律違反として懲戒処分に附する。一、この規程に違反した場合。二、職務上の義務に違反し又は職務を怠つた場合。三、警察職員たるにふさわしくない非行又は犯罪行為があつた場合。」の第一号に該当するとして懲戒免職処分をしたのであるが、原告の行為が規程第七十七条第十七号及び第二十号に当らないことは明瞭である。また被告が原告の行為は同規程第八十九条第三号に該当するとして懲戒免職処分をしたとしても、同号の「警察職員たるにふさわしくない非行」というのは、「犯罪行為」と並べて規定してあるところより考えれば、犯罪行為ではないがそれに近い行為を指すものと思料されるのであつて、原告の前記のような行為を指すものではない。
以上のように原告の行為は懲戒処分の対象とならないのに、被告は事実を誤認し且基本規程の解釈を誤つて違法に適用したのである。なお仮りに原告の行為が懲戒処分の対象となるとしても、懲戒免職を必要とする程度の規律違反の行為ではない。
2 被告が懲戒免職処分をした原因乃至動機からみても違法である。
(1) 原告は中西嘉一等の恐喝事件の検挙を実行させた。すなわち中西嘉一は守口署管内国有綿自警会副会長として同署を経済的に後援し、同署幹部が同人宅に出入しまた同人も同署に絶えず出入していたような状態で所謂警察ボス的存在であつて、同人が首謀した綿糸恐喝事件の検挙は幹部が好まないところであつたのを原告が実行させた。
(2) 原告は同署次席沢村治道の犯罪の搜査を主張した。すなわち前記中西等の恐喝事件の取調中中西は同署塩田巡査に対し沢村の収賄事実及び中西自身の贈賄幇助事実を告白したので、原告は沢村の犯罪搜査を被告に勧告したが、被告は沢村の犯罪嫌疑が濃厚であることを知悉しながら搜査を怠り、沢村を昭和二十四年十二月二十八日附依願退職させて懲戒処分もしなかつた。そこで原告は昭和二十五年三月十三日沢村外二名を贈収賄罪の容疑で大阪地方検察庁に告発した。
(3) 原告は警察民主化を主張してきた。すなわち新憲法及び警察法が施行されて以来も警察の封建性は依然継続され、特に厳格な階級制度と労働組合の結成禁止等が原因で民主警察はその徹底を欠き、他官公庁に見られないような不当な事案があり、また自治体警察の欠陥を寧ろ悪用する等の事実があるので、原告は警察民主化を極力主張し、これに関して被告及び次席沢村と意見を異にしたことが屡々あつた。
(4) 以上のような事情から被告は原告を何とかして守口署より追出すことを策したが、極めて性潔白で精励格勤し署内の悪風を矯正して部下の信頼の厚い原告には免職する理由もないので、先ず大阪市警視庁に転ずることを強い転じない場合は辞めてもらうと暗に免職をほのめかしたが、原告は転勤に応じなかつた。そこで被告は原告の前記行為を持出してこれを理由に懲戒委員会に対して懲戒処分の申立をし本件懲戒免職処分をしたのである。原告の前記行為は昭和二十四年九月と十一月の事件であり、被告はその頃より事件の内容を承知していたのであるから、もしこれが基本規程第八十九条に該当するものと思料するならばその頃既に懲戒免職処分にしなければならなかつたのに、その頃何等の懲戒処分もせず注意もしなかつたのである。
3 被告は守口署の部下職員が職権を濫用しその他懲戒処分に該当する行為をした事実があるのにかゝわらず、これらに対しては懲戒処分をしていないのに、原告のみを問題としている。
(1) 元同署次席沢村は前記のような収賄容疑事実の外、昭和二十四年十月初頃守口市の料理屋中島屋で飲食し、一万円位の飲食代に対して二千円にしておいてくれとそれだけを投出して帰つたことがあるが、これに対しても被告はその事実を知悉していながら何等懲戒処分をしていない。
(2) 元同署巡査部長久保田某は勤務中被告名義の公文書を作成して松下無線から無料で無線機の寄附を受けそれを他に売却して利益を得ていた事実があるのに、被告はこれを署員に訓示して転勤させたのみで何等懲戒処分をしていない。
三、被告の本案前の主張に対する主張
被告は行政庁であり原告はその職員すなわち公吏であつたのである。そして民法の適用のある雇傭関係においては雇主と被使用人とは対等であつて、ただ雇主は被使用人に対して特定の作為を要求する権利があり被使用人は雇主に対して特定の給付を要求する権利があるに過ぎないが、行政庁とその公吏との関係においては行政庁は一定の範囲において包括的な権力を有しその権力の及ぶ限度において公吏に対して不特定な作為又は不作為を命令し及び時としてはこれを強制し得る権利を有し公吏はこれに服従する義務を負うのであつて、その関係は不対等であり所謂公法上の特別権力関係にあつてこれに対しては民法の適用がなく公法が適用せられる。原告と被告との関係も行政庁と公吏との関係であるから、所謂公法上の特別権力関係にある。従つてその関係を消滅させる本件懲戒免職処分が行政行為であり且その中の単独行為すなわち行政処分であることは明白であつて、右処分が私法上の法律行為であることを前提とする被告の主張は失当である。
第二、被告の主張
一、本案前の答弁
(一) 答弁の趣旨
原告の訴はこれを却下する。
(二) 答弁の理由
原告は懲戒免職処分を行政庁の違法な処分であるとしてその取消を求めているが、懲戒免職処分は雇傭主と被傭者との間の雇傭関係破棄という純然たる私法上の行為であつて公法上の効果発生を内容とする行政処分ではないから、これに対し行政訴訟を提起することはできない。
二、本案の答弁
(一) 答弁の趣旨
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(二) 答弁の理由
1 原告主張事実中被告が昭和二十五年三月一日当時守口署に警部補として勤務していた原告を被申立人とし原告主張のような申立事実により懲戒委員会に懲戒処分の申立をし、同委員会の勧告により同月十五日原告の行為は勤務規律を紊り基本規程第八十九条に該当しその情状最も重きものであると認定して懲戒免職処分をしたことはこれを認める。
2 被告は原告に懲戒申立事実のような非行があつたから基本規程に従つて適法に懲戒免職処分をしたものである。
(1) 原告は昭和二十三年五月八日以降公安課長として勤務していたが、昭和二十四年八月二十日頃その所管事務である家出人保護願を愛知県広浜某より受け調査したところ、被願人古沢はるゑが守口市河原町七番地に家屋を買取り居住していることが判明したので、同人に出頭を求め帰郷をすゝめた結果同人も承服して帰郷することとなつたが、同人の買取つた家屋の処理につき当時右家屋を十万円位なら即金で買いたいという誉田トクエという者があり、広浜も古沢も安く売つて帰るというのを、原告は安く売らなくても一週間も待てば相当の値で売れるから売れたら金は届けてやると言つて売却方の依頼を受け、古沢は自分は十万円貰えばよいから残りは謝礼として差上げると言つて帰つたが、その後二三日し京阪住宅相談部という家屋仲介業者が洲脇敏夫という買主があると言つてきた際原告は十四万円で売る約束をし手附金一万円を受取り、同年九月二十六日頃洲脇から残代金を受取り、且同人から仲介業者に支払うべき手数料七千円をも陰に警察の権力を背景として仲介業者を抑えて受取り、その内二千円のみを謝礼名義の下に仲介業者に渡し、五千円を登記を渋つていた古沢の前居住者池戸正次郎に渡し、代金十四万円の中十万円を昭和二十四年十月一日頃愛知県宝飯都蒲都町大字小江に帰つていた古沢の許へ持参して渡し、一万円を古沢名義で守口市警察署後援会へ寄附し残額三万円を報酬として領得したものである。
右原告の行為は警察の責務活動の範囲内に属するものである。すなわち警察法第一条には警察の責務として国民の財産の保護が明記されてあり、右のような場合依頼されて一時財産の保護をするのはたとえ原告が個人としてしたと思つていたとしても客観的にみれば警察活動である。そしてかような意味での職務に関して警察職員が所属長の許可なく金品の贈与を受けることは古くから巡査服務規程、官吏服務規律で禁ぜられており、警察法施行後においても国家地方警察基本規程及び全国の自治体警察の基本規程で禁ぜられているところであつて、原告の行為はこの警察紀律の原則を犯し、その得た金額も多額であり、社会的に警察の威信を失墜することも大きく且反省の色もない。
(2) 原告は昭和二十四年十一月二十二日当時家屋立退問題で取扱中の守口市小春町五百三十七番地村田衛伊子方で、且たまたま同人が同日多額の盗難に遇つたことを知りながら、夜遅くまで四五名の者と会合飲酒して大騒ぎをしたものである。
原告は右会合は個人的会合であると主張しているが、原告が村田衛伊子を知つた動機は家屋立退問題の紛争解決依頼に同人が警察へ来たからであつて、且現にその紛争を取扱つている時期であるから、個人的な会合であるといえない。
(3) 基本規程第八十九条は警察職員に警察職員たるにふさわしくない非行があつたときは懲戒処分に附すると定め、第九十条で懲戒処分は警察長が免職、減給、譴責の何れかを課することとし、その手続については第九十一条以下が詳細に定めている。被告は原告の前記二つの非行はその情状最も重く懲戒免職を相当と認めたので基本規程に定められた手続に従つて適法に免職処分をしたものである。
なお、原告は被告から基本規程第七十七条第十七号及び同条第二十号に該当するものとして同規程第八十九条第一項第一号により懲戒免職処分を受けたと主張しているが、これは原告の誤解であつて、被告は同規程第八十九条に該当するものとして第九十条により免職したものでそれ以上は説明の要がないので説明しなかつたものであるが、被告としては前記行為をもつて右第八十九条第三号の警察職員にふさわしくない非行があつたものとして本件懲戒免職処分をしたものである。
3 原告は被告が懲戒免職処分をした原因乃至動機に違法があると主張しているが、
(1) 原告が中西嘉一等の検挙を実行させたということはない。すなわち右事件の搜査の端緒は当時公安課長であつた原告が得てきたのであるが、その端緒に基き被告の指揮により搜査課長であつた山田鉄義が検挙を実行したものである。
(2) 沢村治道の収賄が問題になつたのは昭和二十四年十二月中旬右中西を取調中のことであつて、原告に対する懲戒申立が確実になつた昭和二十五年二月二十八日頃沢村を検察庁へ告発すると署内に言いふらしたにとどまり、実際に告発したのは原告に対する懲戒委員会開催を通告してから十三日目の同年三月十三日であつて、原告が沢村の搜査を主張したがために免職処分を受けたということはない。
4 原告は被告が他の部下に非行があつても懲戒処分をせず原告に対してのみ懲戒処分をしたと主張しているが、
(1) 沢村治道の収賄容疑については、昭和二十四年十二月十日頃前記中西を綿糸横流し事件で取調中同人が塩田巡査に沢村の収賄の件を告白したとの報告が同巡査からあつたので、被告は沢村、中西両名について自ら調査したのであるが、収賄の確信がもてず、且現職警部のことでもあるので、同月中頃検察庁と打合せ、搜査は検察庁に一任するとして中西を同月下旬身柄附送庁したのであつて、搜査を故意にしなかつたのではない。また中島屋で飲食云々の件は従来被告の知らなかつたところであるが中島屋の店主青木英仁について調査した結果によつてもそのような事実は認められない。
(2) 久保田巡査部長の件については、同人が昭和二十三年十二月頃被告名義の依頼書を偽造して松下無線機製作所庶務課長青木某から税拔き価格四百八十円のマイクの台一台を貰つたことがあつたので、その非行を問責したところ、前非を悔いたので処分の一種である転署を勧告し同人はその勧告に従つて転署したのである。
(3) 右のように被告は部下を遇するには厳正公平で前非を悔いた者に対しては努めて温情で接してきたのである。ところが原告は名を民主主義に藉り自分の非行を非行とせず、更生の機会を与えようとする親心から転署を勧告してもこれに応ぜず、その上被告が故意に沢村の収賄事実を隠蔽していると誤解し、原告に対する懲戒申立の決意を飜えさせようとして沢村の件を検察庁へ告発すると言いふらしたのである。そこで被告は原告のかような卑劣な心理からみて到底警察に席を同じくするに忍びず遂に意を決し涙を呑んで懲戒の申立をしたのである。(証拠省略)
三、理 由
先ず被告の本案前の抗弁について判断する。本訴は守口市警察署の防犯課長警部補たる原告に対する懲戒免職処分の取消を求める訴であつて、被告は右懲戒免職処分は雇傭主と被傭者との間の雇傭関係破棄という純然たる私法上の行為であつて公法上の効果発生を内容とする行政処分ではないと主張しているが、なるほど公共団体がその機関たる個人を任命又は解職する行為は行政主体である公共団体が行政客体に対してする普通の行政処分とは違う点がないでもないが、その任命行為はその行政主体の行政組織を充足する行為であり、任命せられる個人をその行政機関たる地位、すなわち行政権行使の衝に当る地位に就かしめるものであるから、その勤務関係は私法上の雇傭関係のように単に経済的な労務を給付する関係ではなく、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務する関係であり、公法関係であるといわなければならない。従つてその勤務関係を行政庁が一方的に消滅させる懲戒免職処分は行政処分であると解するのを相当とするから、被告の右主張はこれを容れることができない。
よつて次に本案について考察する。被告が昭和二十五年三月一日当時守口署に警部補として勤務していた原告を被申立人とし原告主張のような申立事実により懲戒委員会に懲戒処分の申立をし、同委員会の勧告により同月十五日原告の行為は勤務規律を紊り基本規程第八十九条に該当しその情状最も重きものであると認定して懲戒免職処分をしたことは当事者間に争がない。そこで右懲戒免職処分が適法であるかどうかについて判断する。
一、懲戒事由の有無
(一) 古沢はるゑの家屋の売買の仲介行為(懲戒申立事実(1))
1 成立に争のない乙第一号証の二の一、二、乙第一号証の三、乙第三号証の七に証人古沢はるゑ、同洲脇敏夫、同小山茂一の各証言並びに原告本人の第一回供述を総合すると次のような事実を認定することができる。
(1) 原告が守口署公安課長として勤務中、昭和二十四年八月頃その所管事務である家出人搜査願を愛知県宝飯郡蒲郡町広浜某より受け、調査の結果家出人古沢はるゑの所在が判明したので、同人に出頭を求め帰郷をすゝめたところ、古沢は一旦拒んだが最後には承諾し、その二三日後一応帰郷した上結局内縁の夫である広浜某の許に落着くことになつた。
(2) その後約一ケ月を経た頃古沢が広浜と共に守口署を訪ねてきたので、原告は午後退庁後古沢が買取つて居住していた守口市河原町七番地の家屋でさきに古沢から預つていた株券等を返還したが、その際広浜は右家屋を安く売つて帰ると言つたので、原告は投売をしなくても一週間も経てば買つた値段の十四五万円位で売れると話したところ、広浜からそれではついでに売つてもらいたいという依頼を受けたので、原告は警察吏員としては家屋の売買の仲介は困ると思つたけれども結局これを承諾した。
右の話の途中に近所の大西某から広浜に対し右家屋を十万円なら即金で買いたいという人があるが売らないかという話があつたが、広浜はこれを拒絶した。
(3) 翌日原告は広浜及び古沢と大阪駅まで同行したが、その際広浜は自分等としては家屋の売買代金は十万円手に入ればよいから残りは適当に処分してもらいたいと言い、また古沢は右家屋は大西の紹介で買入れたのであるから大西が話をもつてきた人に売つてもらいたいと言つた。
(4) その後大西は京阪住宅相談部と称する不動産仲介業者の店員である下田某を伴つてきたので、原告は下田が仲介業者であることを知らずに右家屋を十四万円で売渡す契約をして手附金一万円を受取つた。
(5) ところが下田は期日に代金を支払わず原告が再三催促してもなお支払わないでいる中下田が仲介業者であることが判り、なお下田を通じて買うことになつていた洲脇敏夫と直接話合つたところ、洲脇と下田との間の話と下田と原告との間の話とが食違つていることが判つたので、原告は下田もいる席上で売買を拒絶した。
(6) そこで下田は同じ店の店員で原告と親しい小山茂一に依頼して洲脇に売つてくれと原告に言つてきたので、原告は四十日も遅延した関係上売主に金利を渡さなければならないからとて代金に七千円(この七千円は仲介人としては周旋料として洲脇から貰うことになつていたものであるが、この七千円)を加え十四万七千円ならば売ると言つたところ、小山も承諾したので、原告は洲脇に右家屋を売渡し代金を洲脇から受取つた。
(7) 原告は右代金を受取つて後、小山に二千円及び煙草「光」十個(五百円相当)を渡し、右家屋の元の所有者池戸正次郎に登記手続を促すため五千円を支払い、古沢の名義で守口市警察署後援会に一万円を寄附し、その受取書と十万円を愛知県の古沢の宅まで持参して同人に渡し、残金二万九千五百円を取得した。
2 右家屋売買の仲介行為が懲戒事由にあたるかどうかについて考えてみる。原告は右原告の行為をもつて警察の職務活動の範囲外のものであり全く個人としての行動であるから懲戒処分の対象とはならないと考えているもののようである、なるほど右売買の周旋委託とその委託を受けての周旋行為は一応家出人保護の職務行為を終つた後での行為であつて、厳格にいえばこれを警察職員としての職務行為とみることはできないであろう。しかし警察職員たるにふさわしくない非行があるかどうかを考えるについては、ことが職務行為としては行われたかどうかは大して問題とはならない。このことは右非行をもつて懲戒事由と規定した基本規程第八十九条第三号が右非行と共に犯罪行為を挙げていることを考え合わせても直ちに了解せられることであつて、誰しも犯罪行為をもつて、警察職員の職務行為とは考えないであらう。要はことが職務行為として行われたものであれ、個人の行為として行われたものであれ、これが警察職員たるにふさわしくない非行であるかどうかであつて、犯罪行為の如きはその非行の最たるものとして右のような非行であるか否かを判断するを要しないとした趣旨であらう。従つて本件においても右原告の行為が警察職員たる身分にあるものとしてあるまじき非行であるかどうかを考えることとなるのであるが、右原告の行為にあつては、(イ)かように家屋の売買の仲介によつて報酬を受けるということ自体既に警察職員としてはその品位に関するような行為であるが、(ロ)その依頼者も親族或いは永年の知己等ではなく職務上知合つたにとゞまる者であり、(ハ)その取得した金額の売買価格に対する割合においても家屋売買周旋業者の通常の手数料の場合に比して著しく高く、(ニ)しかも原告は当初から仲介業者を入れない方針であつたとはいえ、現実に仲介の労をとつた京阪住宅相談部と買主との間に仲介料として既に約定せられていた七千円を仲介人に抛棄せしめて売主に渡す金利と称して売買代金中に加えさせるというようなこともしており、(ホ)またその取得した金員が右のように高額であつた点から考えてそれが純粋に家屋売買仲介の報酬であるかどうかについても疑問の余地があつて、これを原告が職務上扱つた家出人の世話に対する謝礼の意味が主となつていると認めるにはその根拠は充分でないが、そのような意味が全くないと断定し難いこと等を考え合わせると、右原告の行為は所謂警察職員たるにふさわしくない非行であつて正しく懲戒事由にあたるものといわなければならない。
(二) 村田生代方での会合飲酒(懲戒申立事実(2))
1 成立に争のない乙第二号証の一乃至五、乙第三号証の七に証人村田生代、同高久進一の各証言並びに本人の第一、二回供述を総合すると次のような事実を認定することができる。
(1) 原告が公安課長として勤務中、昭和二十四年春頃村田衛伊子こと村田生代がその居住している家屋の所有者より立退を迫られ種々不当な仕打を受けている旨届出たので、原告は家主である山手某を呼出し、村田の立退を求めるのならば正当な手続を経るべきであつて不法な行為をして追出してはいけないと警告したが、その後は村田が届出たこともなく原告が山手を呼出したこともなかつた。なお原告は前記届出によりはじめて村田を知つた。また村田は同年六七月頃枚方簡易裁判所に家屋の紛争について調停の申立をしたが、相手方の山手が期日に出頭しないので申立を取下げて転居を決意していた。
(2) 同年十一月中頃守口市の民主質屋組合と警察との懇談会があり、原告もこれに出席したが、その席の手伝にきていた村田が列席していた守口署石田巡査部長と話している中石田の友人である布忍町警察署の大淵巡査部長は村田の亡夫の関係で村田とも旧知の間柄であることが判り、村田方で石田と大淵とが会合しようという話になり、村田は原告にも同席するようにすゝめたので原告も承諾し、その後二、三日して期日を約束した。
(3) 同月二十二日頃約束の当日たまたま村田方で盗難がありそのことは原告、石田、大淵にも知れたので、会合を取止めて村田方に挨拶だけして帰ろうという話になり、一足先に石田、大淵が行き、村田がとゞめるのを振切つて帰つた。その後へ行つた原告も一旦は辞退した上、所用で鵜飼某方に赴いたが、村田方に手伝に来ていた前島某が鵜飼方に迎えに来て更にすゝめた結果、午後八時頃再び村田方に戻り村田夫婦、前島等と飲食し、午後十一時頃辞去したが、その間それ程の大騒ぎはしなかつた。
(4) 同月末頃村田が家を明渡すことになつたと言つて原告をたづねてきたが、当時原告は朝鮮人連盟の建物の接収に伴いその建物に居住していた朝鮮人岩本某の移転先を探していた矢先であつたので、村田に対し右岩本を後に入れてもらいたいと頼み、また原告自身は翌十二月一日から大阪管区警察学校へ入校することになつていたので、公安課勤務の巡査東条高尾に村田との間の話を聞かせ後事を託しておいたところ、村田は東条にその居住家屋の鍵を預けたこともあるが、結局右依頼を拒絶した。
2 右村田方での会合飲酒が懲戒事由にあたるかどうかについて考えてみるのに、原告にとつては村田は当初職務上知合つた間柄の者であつて、その上村田が盗難に遇つた当日にその家で飲食の饗応を受けたことは一般人としても不謹慎であると共に警察吏員としては世人の誤解を招くおそれのある行為であり、原告の行為はこれらの点においていさゝか穏当を欠くものがあるけれども、(イ)原告が村田の届出により山手に警告をしたのは数ケ月以前のことに属し、その後は何等その間の紛争を取扱つていないのであつて、右会合後の原告及びその依頼を受けた東条と村田との交渉も右紛争に関するものではないこと、(ロ)当日の会合は本来は数日前に約束のあつたもので、その約束の際には既に私的な知合関係をも生じていたのであり、約束に至つた経緯にもそれほど咎めるべき事情がないこと、(ハ)村田が盗難に遇つたのは偶然の出来事であつて原告はそのため一旦は辞退して他へ赴いたが、重ねて迎えを受けたものであること、(ニ)飲食の際それ程の大騒ぎはしなかつたこと等を考え合わせると右原告の行為はいまだ所謂警察職員たるにふさわしくない非行であるというに足りないものであつて、懲戒処分の対象とまではならないものといわなければならない。
(三) 懲戒事由の有無についての結論
要するに被告が懲戒免職処分の理由として認定した事実すなわち懲戒申立事実の中村田生代方での会合飲酒は懲戒処分の対象とならないものであるが、古沢はるゑの家屋の売買の仲介行為は懲戒事由にあたり、結局原告には懲戒事由が存するものということができる。
二、懲戒事由はあるが懲戒免職処分は失当であるという違法の有無
原告は仮りに原告の行為が懲戒処分の対象となるとしても懲戒免職を必要とする程度の規律違反の行為ではないと主張しているのでその点について考察する。一般に公務員に対する懲戒処分は国又は公共団体がその勤務秩序の維持のために科するものであつて処分権者はある程度の自由裁量権を有するものであるが、他面公務員の懲戒に関する規定はその身分保障の一環としての面をも有し、従つて処分権者の自由裁量権には明文がない場合においても一定の限界があるものと解せられるのであつて、このことは国家公務員の場合においては国家公務員法第七十四条第一項、守口市警察職員の場合においては守口市警察条例第八条が懲戒は公正でなければならない旨規定していることからもこれを窺うことができる。従つて基本規程が一方においてその第八十九条に規律違反の行為として「この規程に違反した場合。」「職務上の義務に違反し又は職務を怠つた場合。」「警察職員たるにふさわしくない非行又は犯罪行為があつた場合。」という広汎な概念を掲げ、他方においてその第九十条に懲戒処分の種別として免職減給譴責の三段階を設けているのは、その規定の体裁からみればいやしくも警察職員に所定の規律違反の行為があるときはどのような懲戒処分を選択するかは全く処分権者の自由であるかのようであるが、以上のような観点から一応規律違反の行為がある場合でも余りに軽微な事案に対し重い懲戒処分をもつて臨むことは違法であると解するのが相当である。しかし本件の場合において、原告が古沢はるゑの家屋の売買の仲介をした行為はさきに指摘した諸点において、同じく警察職員たるにふさわしくない非行の中でもその情状が相当に重いものであると認められるのであり、これに対して懲戒免職処分をもつて臨むことが違法であると考えられる程軽微な事案ではないものといわなければならない。そればかりでなく後段認定のように被告は原告の将来を考え昭和二十五年一月七日原告に対し大阪市警視庁への転勤をすゝめたが、原告はこれに応ぜず、その後も被告は原告の善処を待つていたのにかゝわらず、原告には反省の色が見えなかつたのであつて、かような事後の事情をも考慮に入れるならばその情状は一層重いものであり、これに対して懲戒免職処分をすることが違法でないことは明かである。
三、懲戒免職処分の動機における違法の有無
原告は中西嘉一等の恐喝事件の検挙、沢村治道の収賄容疑の搜査及び警察民主化の問題に関し被告と意見を異にしたため、被告は原告を何とかして守口署より追出そうと策し、原告の前記行為を持出してこれを理由に懲戒委員会に懲戒処分の申立をし、本件懲戒免職処分をしたものであると主張しているので、その点について考察する。一般に行政行為の動機が不純であることは直ちにその行為を違法とするものではないが、その行政行為を規律する法令の目的とは無関係な目的のために故意になされたと客観的に認められる場合には違法であると解すべきである。しかし本件の場合においては、(イ)中西嘉一等の恐喝事件の検挙については、原告本人の第二回供述及び被告本人の供述を総合すると、昭和二十四年の年末にメリヤス会社社長中西嘉一等が綿糸を恐喝した事件があり、原告はそれを探知して被告に報告し被告が経済事件担当の係に搜査を命じた後も係吏員を激励していたことを認めることができるが、右各供述及びその他の証拠によつても被告が右事件の搜査を特に好まなかつたとは認めることができない。(ロ)沢村治道の収賄容疑の搜査については、原告本人の第二回供述及び被告本人の供述を総合すると、原告は守口署が自治体警察として発足した当初はその次席であつたが、後新たに沢村が次席として来任し原告は公安課長となり、その後沢村と原告との間が円満を欠いていたこと及びたまたま昭和二十四年の年末に前記恐喝事件で取調べられていた中西が係巡査塩田某に沢村が収賄をしたことがあると告げたので、被告は沢村と中西とを取調べその模様を原告に話したところ、原告は公平に処置してもらいたいと言つていたが、被告としては収賄の確信がもてなかつたので、沢村に出勤停止を命じ、検察官と協議の上、贈賄したと称する中西の身柄と共に事件を検察官に送致したが、その後沢村が検察官の取調を受けた様子もなく、同年十二月二十八日中西が釈放されたので、同日沢村を依願免職としたことを認めることができるが、右各供述及びその他の証拠によつても被告が右容疑の搜査を殊更に怠つていたとは認めることができない。そしてその他に原告と被告との間に深刻な意見の対立があつたことを窺わせるような何等の証拠もない。従つてそのような事情から被告が原告を守口署より追出そうと策して本件懲戒処分申立乃至懲戒免職処分をしたという原告の主張はその点において既にこれを肯認することができないし、その他右処分等がそのような動機からなされたと推測させる何等の形跡もない、もつとも原告本人の第二回供述及び被告本人の供述によると、被告は沢村が依願免職になつた直後である昭和二十五年一月七日、原告に対し大阪市警視庁への転勤をすゝめたが、原告はこれに応ぜず、その後被告は懲戒処分の申立をするに至つたものであるが、乙第一号証の二の一、二、乙第二号証の五に被告本人の供述を総合すると、昭和二十四年十二月に原告が大阪管区警察学校へ入校して後前記家屋売買仲介行為等が被告に知れるに至つたので、被告としては原告の将来を考えて転勤をすゝめたが、原告に誠意がなく、昭和二十五年一月末に原告が帰署した後もその善処を待つていたのにかゝわらず、原告には反省の色が見えなかつたので、ついに懲戒処分の申立をするに至つたものであることを認めることができ、前記転勤の勧告乃至懲戒処分の申立と沢村の依願免職とはたまたま時期が接近していたにとどまりその間に特段の関係があつたものとは認められない。
四、他の職員との均衡を失する違法の有無
原告は沢村治道、久保田某等守口署の職員が懲戒処分に該当する行為をした事実があるのに被告はこれらに対して懲戒処分をせず原告のみを問題としていると主張しているが、そもそも公務員に懲戒事由にあたる行為がある場合においてもこれに対して懲戒処分をするかどうかは処分権者の自由であつて、一を懲戒処分に附せず他を懲戒処分に附したとしても違法でないばかりでなく、沢村の収賄の事実については前述のようにその事実の有無が結局判然としなかつた上に沢村は依願免職の手続に応じたのであり、また久保田某の場合においては原告の主張によつても被告の勧告により転勤をしたというのであるから、原告の場合とはその事情を異にするものがあるということができるのであつて、かような場合懲戒処分をしなかつたからといつて本件懲戒処分を違法であると解することはできない。
以上のように本件懲戒免職処分には何等違法な点が認められないから、その取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 山下朝一 相賀照之 山本一郎)